2016年3月28日月曜日

観光パンフにみるチロルのイメージ


 貧乏性なので、フィールドに出かけた折に、タダでもらえるモノは何でももらってきてしまう。加えて、モノを捨てられない性分で、研究室には、国内外の各地でもらったパンフレットや小冊子、地図など大量に保管されていて、足の踏み場もない状況にある。
 そんな中、かつてチロルを訪れていた際に集めたパンフレットを発掘してみた。下の写真は、今から約30年前、1987年におけるWipptalビィップタルの観光客向けの情報誌である。ビィップタルは、チロルの州都インスブルックから南へブレンナー峠に向かって伸びる谷である(ちなみにブレンナー峠の南、イタリア側もビィップタルに含まれる。タルTalはドイツ語で谷を意味するが、単に地形を表すだけではないようである)。夏期に牛を放牧する山の牧場(Almアルム)の小屋が観光客のための休憩所となっており、小屋の前で、民族衣装をまとった女性(ピンクのエプロンの人)が、客をもてなす様子が描かれている。写真右にメニューが掲げられており、「アルム牛乳」や、「シュペック(チロルの燻製肉)とパン」、「チーズとパン」などが提供されていることがみてとれる。次の白黒の写真は、この情報誌の中の記事の一部である。Navisという村の紹介であり、その写真とともに、伝統ある農家建築や風俗をもって、いかにこの村が休養にふさわしいか説明がなされる。これらから、当時は、チロルにおける「農」が、すなわち、農業に関わる人そのものが、そしてまた、農業活動によって生み出される農産物や風景が強調され、これらが観光客を惹きつける観光資源であったことが読み取れる。


  さて、次の写真は、同じビィップタルの観光情報誌の2015年夏版である。農業活動によって創り出された雄大なチロルの風景が示されてはいるが、泥臭さは陰を潜め、「農」に関わる人々ももはや描かれていない。その土地固有の文化が紹介されるよりも、マウンテンバイクやハイキングなど、どのような活動ができるのか、が強調される。ビィップタルをチロルの他の観光地の地名に置き換えても何らおかしくないような、個々の場所から切り離された「チロル」がそこにはある。こうした「チロル」は現代の観光客がイメージし、そして追い求めるものなのかもしれない、、、



2016年3月11日金曜日

ドイツの放射線観測網(2)

 さて、ドイツにおいて原発の事故など緊急事態があった場合、放射能汚染がどこでどれくらい広がっているのか、そしてこれから広がる可能性があるのか、それを予測するシステムについてである。ドイツでは、このシステムをIMIS(Integrierten Mess- und Informationssystem統合観測・情報システム)といい、これは、PARK(Programm für die Abschätzung Radiologischer Konsequenzen放射線レベル評価プログラムとRODOS(Realtime Online Decision Support Systemリアルタイム・オンライン・意思決定サポートシステムから構成されている。このシステムによって、ドイツ各地における環境内の放射性物質とそれによる人間の外部被曝(大気中の放射性物質による)、内部被曝(摂取する汚染された食料による)が見積もられることとなる。ここで、拡散の予想には、ドイツ気象庁の気象予報も用いられる。

  このシステムによる予測結果は、地図に示される(ここでも地図というかたちの表現が用いられる!)。これにより、各地においてどの程度の汚染の可能性があるのか、そしてどんな防護手段が必要なのか、判断ができる。例えば、下図は、2005年4月14日にマンハイム周辺で放射性物質が放出された場合、4月16日まで葉物野菜におけるヨウ素131の汚染がどれくらいかシミュレーションしたものである。EUの基準が2,000ベクレル/kgなので、緑から黄色にかけての地域が基準値以下であり、オレンジから紫の地域が基準値を超えている。この地図において放射能汚染の程度は、市郡単位で示されており、どの地域の野菜が危険か、生産者も消費者も容易に把握することができる(千葉県のある観測点において放射線量の値が高いからと言って、千葉県全体が同様に高いとは限らない)。いざというときに(放射能汚染の可能性があるときに)、個々人がどう行動すればよいのか、支援するシステムが構築されている。同じようなシステムがもしあったなら、福島の、とりわけ原発に近い地区の人々の被爆はもっと小さいものにできたかもしれない。そして今も、原発を稼働させ続けるのであれば、事故のリスクを小さくすることはむろん重要であるが、リスクがゼロと言うことはありえず、もし事故が起こった際の放射能汚染に備えておくことは必要であろう。

http://www.bfs.de/DE/themen/ion/notfallschutz/entscheidungshilfen/entscheidungshilfen_node.html;jsessionid=3C6E254B61484702E2480CF5E9B1092A.1_cid374






2016年3月10日木曜日

ドイツの放射線観測網(1)

 先日、NHKスペシャル「“原発避難”7日間の記録〜福島で何が起きていたのか〜」を見た。もう少し掘り下げてほしいかなとも思ったが、目に見えない放射能に対して住民の方々のもつ不安はひしひしと伝わってきた。

  私は、1986年の6月に渡独し、1988年10月までドイツに滞在した。この渡独直前の4月にチェルノブイリの原発事故が起こり、西ヨーロッパへも放射能汚染が拡大することとなった。ドイツでも南部バイエルン州を中心として高濃度の汚染に見舞われている。当初は全く気にもとめていなかったし、大学の周りの教員も学生も気にしていないと言っていた。ところが、身近で放射能汚染を深刻に受け止める人がいて、自分も気にしなくてはいけないような気分になってきた。実際、リベラルな新聞Frankfurter Rundschau(日本でもよく引用されるFrankfurter Allgemeineとは別)には、週末になると、「今週の放射能」と称して、牛乳からは何ベクレル、牛肉からは何ベクレル、放射能が検出されたという記事が出されていたし、住民団体が、小冊子をだして、どの銘柄の牛乳はどれくらいの汚染があるかなど、食品毎に汚染の数値を示していた。全く気にせず生活を送る人々、一方で、放射能汚染を深刻に捉えて行動する人々、福島原発事故の日本と同様の状況が当時のドイツでも存在していたわけである。

 当時は、まだインターネットもなく、情報源は限られていた(しかもドイツ語!)。今、目前にし食べようとしている食品の中に、もしかして害があるかもしれない放射能が含まれている、と思うだけで、おいしくないし、大丈夫かと不安になってくる。鹿やイノシシなど野生動物やキノコなど特に汚染が激しいとされていた中で、フィールドとしていたチロルの村の民宿で、同宿のスイス人夫婦から、採ってきたというキノコの料理をニコニコしながら勧められ、「ありがとう!」と答えつつ口にした時の気分、、、。かような経験から、福島で放射能に対して不安に思う人々の気持ちはよくわかる、と思う。

 ドイツでは結局のところ、放射能に汚染された食品を2年近く食べてきたことになる。「またかよ!」と、福島の原発の放射能が関東にも風に乗って運ばれてくると聞いたときに呆然としてしまった。で、いつどれくらいのレベルの放射線物質が襲ってくるのか、そしてそれが屋内に待機すべきレベルなのか、あるいは避難すべきレベルなのか、よくわからないわけである。しかし、ドイツにいたときとは異なり今回は、インターネットがある。そこで、インターネットを活用してどう行動したか、加えて放射線のリスクをどう評価した、まず紹介してみたい2011年10月に埼玉県男女共同参画推進センター(With You さいたま)と埼玉大学の合同の公開講座「ポスト3.11を生きる-何ができるか、何をすべきか-」の中で「「災害のリスクを評価する-情報の海の中から」という題で話した)。

 事故直後はまだ、ネット上で、全国各地自分の住んでいる場所の放射線は把握することはできなかった。ただ各地の原発周辺ではモニタリングがされており、ネットでも公開はされていた(福島の周辺ものは故障で見られない状態が続いた)。関東では、茨城県北部東海村に原子力関連施設が立地しており、周辺数十箇所で、茨城県環境放射線監視センターが放射線量のモニタリングをしており、ネット上でリアルタイムで線量の変化をみることができた。ここは、福島第一原発から首都圏に向かう途中であり、この観測地点で線量が上がることは、その後、首都圏でも線量が上がると予想される。むろん、それは風向きによる。風がどの方向にこれから吹くのか、GPV気象予報http://weather-gpv.info/を利用した。ここは、5kmメッシュ単位で、風向その他の予報を39時間先まで行っている。茨城北部の観測ポイントで線量が上がり、関東北部で南西寄りのが続くようであれば、首都圏に放射性物質が及ぶ可能性が高くなる。ただ実際に線量が上昇しているかはわからない。そこで参考にしたのが、東京日野市に在住する個人のサイトで、自らのガイガーカウンターによる放射線量の観測結果を公開するものであった。茨城で線量が上がり、その後、日野で上がれば、確実に、埼玉や東京でも線量が上がっていよう。

  その後、各地で、放射線量の公開が行われるようになっていったが、埼玉県で1カ所、東京とで1カ所などわずかであり、面を広く覆うようなものではなかった。さいたま市の線量は、秩父のそれとは当然異なるわけであり、さいたま市の線量をもってして埼玉県の線量を代表させることは乱暴である。では、チェルノブイリの被害を受けたドイツではどうかドイツ連邦放射線防護局のサイhttp://odlinfo.bfs.de/index.phpでは、リアルタイムでドイツ全土の放射線量のレベルを地図のかたちで公開している。ドイツのどこで線量が高いか低いか一目瞭然であり、観測ポイントをクリックすると、グラフで線量の時系列的変化もみてとれる。観測ポイントは1800カ所であり、非常に密にかつ面を覆うように設けられている。このようなシステムがあれば、上に書いたようなことはする必要はなかった。現在、日本でも原子力規制委員会が、放射線モニタリング情報http://radioactivity.nsr.go.jp/map/ja/を提供している。公開が進んでいることは評価できるが、観測ポイントに偏りがあり国土全体を覆っていないし、また、都道府県単位、市町村単位でしか表示できず、福島県全体あるいは関東全体の線量の分布を俯瞰することが残念ながらできない。気象観測のアメダスは、全国にまんべんなく(ドイツ語でflächendeckende面を覆うように、この形容は、地域計画・空間整備にも使われる。17km間隔で1,300カ所)設けられている。このアメダスに放射線量の測定装置を付加するだけで、ドイツと同様のシステムが簡単にできるような気がするが、どうだろうか。 さて、この件のサイトで南部バイエルンの観測ポイントでも色の濃いところをクリックしてみてほしい。0.12から0.15μSv/hくらいで推移するところがけっこうある。このレベルは実は福島の中通り、福島市や郡山市のレベルとそう異ならない。また、東京よりもミュンヘンの方が値が高い。ドイツを含むヨーロッパでは、現在でも食品から放射能が検出されるし、チェルノブイリを未だ引きずっている。

  ドイツは、脱原発を打ち出したが、稼働中の原発は国内にもあるし、お隣フランスでは、原発は58基あり、事故による放射能汚染の可能性がないわけではない。この観測システムは、事故など緊急事態の際の汚染予測にも使われている(日本のSPEEDIと同様のシステムといえるが、ドイツでは各地の実測値も利用してる)。その予測については次回と言うことで。

 
 




2016年3月1日火曜日

ゴッタルド・トンネルその後

 28日(日)に行われたゴッタルド・トンネル建設を巡るスイスの国民投票の結果だが、賛成が188万、反対が142万、賛成が57%を占めて、2本目のトンネルが掘られることとなった(Tages Anzeigerというスイスの新聞のサイト http://www.tagesanzeiger.ch/schweiz/standard/resultate-gotthardroehre/story/20844341)を参照)。
 このTages Anzeigerのサイトをみてもらいたのだが、スイスのcanton州ごとの投票結果が地図で示されていて、州ごとにどこで賛成が多かったか解説している。それによると、反対が多かったのは、スイス西部のジュネーブ州とヴォー州(ローザンヌが州都)の2つだけであった(件のゴッタルドから遠い。そしてフランス語圏)。賛成の比率が69%と最も高かったのは、シュヴィーツ州とアールガウ州(ドイツ語圏)であり、当事者ともいえるウーリ州やティチーノ州では賛成が多数を占めたがそれほどでもなかった。これらの州では、世論が賛成反対、二分されたという。さらに、トンネルの南ティチーノ州ではゲマインデ(市町村)ごとに意見が分かれ、トンネルの出口に位置するアイロロでは76%が賛成だったが、反対が多数のゲマインデもあった。
 28日の国民投票では他のテーマについても投票がされている。こうした政策に対する評価、意識がスイス国内の場所ごとに如実に異なることが面白い。加えて、新聞などメディアも、主題図を多用して、地域差に注目し、解説している点も興味深い。スイスだけではなく、ドイツのメディアも同様であり、日本のメディアにおける地図の利用とはずいぶんと差があるように思う。確実に各メディアは地図の専門家カルトグラファーを使っている。頻繁に主題図がメディアに載ることで、読者の地図の見方や使い方、いわゆるマップ・リテラシーを高めることになるのではないだろうか。