2016年3月10日木曜日

ドイツの放射線観測網(1)

 先日、NHKスペシャル「“原発避難”7日間の記録〜福島で何が起きていたのか〜」を見た。もう少し掘り下げてほしいかなとも思ったが、目に見えない放射能に対して住民の方々のもつ不安はひしひしと伝わってきた。

  私は、1986年の6月に渡独し、1988年10月までドイツに滞在した。この渡独直前の4月にチェルノブイリの原発事故が起こり、西ヨーロッパへも放射能汚染が拡大することとなった。ドイツでも南部バイエルン州を中心として高濃度の汚染に見舞われている。当初は全く気にもとめていなかったし、大学の周りの教員も学生も気にしていないと言っていた。ところが、身近で放射能汚染を深刻に受け止める人がいて、自分も気にしなくてはいけないような気分になってきた。実際、リベラルな新聞Frankfurter Rundschau(日本でもよく引用されるFrankfurter Allgemeineとは別)には、週末になると、「今週の放射能」と称して、牛乳からは何ベクレル、牛肉からは何ベクレル、放射能が検出されたという記事が出されていたし、住民団体が、小冊子をだして、どの銘柄の牛乳はどれくらいの汚染があるかなど、食品毎に汚染の数値を示していた。全く気にせず生活を送る人々、一方で、放射能汚染を深刻に捉えて行動する人々、福島原発事故の日本と同様の状況が当時のドイツでも存在していたわけである。

 当時は、まだインターネットもなく、情報源は限られていた(しかもドイツ語!)。今、目前にし食べようとしている食品の中に、もしかして害があるかもしれない放射能が含まれている、と思うだけで、おいしくないし、大丈夫かと不安になってくる。鹿やイノシシなど野生動物やキノコなど特に汚染が激しいとされていた中で、フィールドとしていたチロルの村の民宿で、同宿のスイス人夫婦から、採ってきたというキノコの料理をニコニコしながら勧められ、「ありがとう!」と答えつつ口にした時の気分、、、。かような経験から、福島で放射能に対して不安に思う人々の気持ちはよくわかる、と思う。

 ドイツでは結局のところ、放射能に汚染された食品を2年近く食べてきたことになる。「またかよ!」と、福島の原発の放射能が関東にも風に乗って運ばれてくると聞いたときに呆然としてしまった。で、いつどれくらいのレベルの放射線物質が襲ってくるのか、そしてそれが屋内に待機すべきレベルなのか、あるいは避難すべきレベルなのか、よくわからないわけである。しかし、ドイツにいたときとは異なり今回は、インターネットがある。そこで、インターネットを活用してどう行動したか、加えて放射線のリスクをどう評価したか、まず紹介してみたい(2011年10月に埼玉県男女共同参画推進センター(With You さいたま)と埼玉大学の合同の公開講座「ポスト3.11を生きる-何ができるか、何をすべきか-」の中で「「災害のリスクを評価する-情報の海の中から」という題で話した)。

 事故直後はまだ、ネット上で、全国各地で自分の住んでいる場所の放射線量は把握することはできなかった。ただ各地の原発周辺ではモニタリングがされており、ネットでも公開はされていた(福島の周辺のものは故障で見られない状態が続いた)。関東では、茨城県北部東海村に原子力関連施設が立地しており、周辺数十箇所で、茨城県環境放射線監視センターが放射線量のモニタリングをしており、ネット上でリアルタイムで線量の変化をみることができた。ここは、福島第一原発から首都圏に向かう途中であり、この観測地点で線量が上がることは、その後、首都圏でも線量が上がると予想される。むろん、それは風向きによる。風がどの方向にこれから吹くのか、GPV気象予報http://weather-gpv.info/を利用した。ここは、5kmメッシュ単位で、風向その他の予報を39時間先まで行っている。茨城北部の観測ポイントで線量が上がり、関東北部で南西寄りの風が続くようであれば、首都圏に放射性物質が及ぶ可能性が高くなる。ただ実際に線量が上昇しているかはわからない。そこで参考にしたのが、東京日野市に在住する個人のサイトで、自らのガイガーカウンターによる放射線量の観測結果を公開するものであった。茨城で線量が上がり、その後、日野で上がれば、確実に、埼玉や東京でも線量が上がっていよう。

  その後、各地で、放射線量の公開が行われるようになっていったが、埼玉県で1カ所、東京とで1カ所などわずかであり、面を広く覆うようなものではなかった。さいたま市の線量は、秩父のそれとは当然異なるわけであり、さいたま市の線量をもってして埼玉県の線量を代表させることは乱暴である。では、チェルノブイリの被害を受けたドイツではどうか。ドイツ連邦放射線防護局のサイトhttp://odlinfo.bfs.de/index.phpでは、リアルタイムでドイツ全土の放射線量のレベルを地図のかたちで公開している。ドイツのどこで線量が高いか低いか一目瞭然であり、観測ポイントをクリックすると、グラフで線量の時系列的変化もみてとれる。観測ポイントは1800カ所であり、非常に密にかつ面を覆うように設けられている。このようなシステムがあれば、上に書いたようなことはする必要はなかった。現在、日本でも原子力規制委員会が、放射線モニタリング情報http://radioactivity.nsr.go.jp/map/ja/を提供している。公開が進んでいることは評価できるが、観測ポイントに偏りがあり国土全体を覆っていないし、また、都道府県単位、市町村単位でしか表示できず、福島県全体あるいは関東全体の線量の分布を俯瞰することが残念ながらできない。気象観測のアメダスは、全国にまんべんなく(ドイツ語でflächendeckende面を覆うように、この形容は、地域計画・空間整備にも使われる。17km間隔で1,300カ所)設けられている。このアメダスに放射線量の測定装置を付加するだけで、ドイツと同様のシステムが簡単にできるような気がするが、どうだろうか。 さて、この件のサイトで南部バイエルンの観測ポイントでも色の濃いところをクリックしてみてほしい。0.12から0.15μSv/hくらいで推移するところがけっこうある。このレベルは実は福島の中通り、福島市や郡山市のレベルとそう異ならない。また、東京よりもミュンヘンの方が値が高い。ドイツを含むヨーロッパでは、現在でも食品から放射能が検出されるし、チェルノブイリを未だ引きずっている。

  ドイツは、脱原発を打ち出したが、稼働中の原発は国内にもあるし、お隣フランスでは、原発は58基あり、事故による放射能汚染の可能性がないわけではない。この観測システムは、事故など緊急事態の際の汚染予測にも使われている(日本のSPEEDIと同様のシステムといえるが、ドイツでは各地の実測値も利用してる)。その予測については次回と言うことで。

 
 




2016年3月1日火曜日

ゴッタルド・トンネルその後

 28日(日)に行われたゴッタルド・トンネル建設を巡るスイスの国民投票の結果だが、賛成が188万、反対が142万、賛成が57%を占めて、2本目のトンネルが掘られることとなった(Tages Anzeigerというスイスの新聞のサイト http://www.tagesanzeiger.ch/schweiz/standard/resultate-gotthardroehre/story/20844341)を参照)。
 このTages Anzeigerのサイトをみてもらいたのだが、スイスのcanton州ごとの投票結果が地図で示されていて、州ごとにどこで賛成が多かったか解説している。それによると、反対が多かったのは、スイス西部のジュネーブ州とヴォー州(ローザンヌが州都)の2つだけであった(件のゴッタルドから遠い。そしてフランス語圏)。賛成の比率が69%と最も高かったのは、シュヴィーツ州とアールガウ州(ドイツ語圏)であり、当事者ともいえるウーリ州やティチーノ州では賛成が多数を占めたがそれほどでもなかった。これらの州では、世論が賛成反対、二分されたという。さらに、トンネルの南ティチーノ州ではゲマインデ(市町村)ごとに意見が分かれ、トンネルの出口に位置するアイロロでは76%が賛成だったが、反対が多数のゲマインデもあった。
 28日の国民投票では他のテーマについても投票がされている。こうした政策に対する評価、意識がスイス国内の場所ごとに如実に異なることが面白い。加えて、新聞などメディアも、主題図を多用して、地域差に注目し、解説している点も興味深い。スイスだけではなく、ドイツのメディアも同様であり、日本のメディアにおける地図の利用とはずいぶんと差があるように思う。確実に各メディアは地図の専門家カルトグラファーを使っている。頻繁に主題図がメディアに載ることで、読者の地図の見方や使い方、いわゆるマップ・リテラシーを高めることになるのではないだろうか。

2016年2月29日月曜日

田舎のショッピング・センター

 日本の話である。去る正月、実家に帰った折に、最近、改修されたという某大手ショッピング・センターにお酒を買いにでかけた。お酒の販売コーナーに行って驚いたのは、その規模、品揃えの豊富さ!地元の地酒は各種そろっているし、ワインも産地別に各種集められている。その上、試飲コーナーまで設けられている。こんな田舎で、世界中のワインが買えて、そして飲めるとは、、、。
 別の日、やはり最近できて話題となっているアウトレット・モールとやらに運転手としてでかけた。アウトレットとはいえ、日本や世界のよく知られた高級ブランドの店が並ぶ。ここでも、こんな田舎で、、、と、何もなかった一昔前を思うと、感慨深いものがあった。
 これまでであれば、より大きな街にでかけていかなくては手に入らなかったものが、すぐそこで買うことができる、そんな状況が生まれつつあるのではないか、と思う。田舎でも、大都市と遜色ない消費生活が可能になっている。既存の商店街の衰退をもたらすものとして、こうしたショッピング・センターは批判の対象となることも多いが、一方で、地方に住む人にも、これまで縁遠かったモノやサービスにアクセスする機会を提供していると評価できるかもしれない。それは同時に、コンビニの提供するボージョレー・ヌーボーや恵方巻きにみられるように、消費の平準化、画一化を伴ってもいるわけだが。
 いずれにせよ、こうした状況は、田舎に住む人にとっては便利になったということであり、生活水準が向上したということにもなろう。 そうであれば、都会に出ずにずっと田舎に住んでもいいかな、と思う人がでてくるかもしれない。そしてまた、都会から田舎に移り住もうという人が増えてくるかもしれない。
 

2016年2月28日日曜日

落語(2)

 年が明けていつの間にやら学期末。日本の暦と大学の学期には齟齬がある、と常々思っている。4月に新学期が始まり、調子に乗ってきたところで、ゴールデンウィークがやってくる。五月病とやらがいわれるが、休みが入ることで緊張が解けることもあろう。後期も後期で、年末年始でのんびりした後は、なんとなくオマケのような感じとなる。
 さて、再び落語である。相変わらず、通勤の際に聴いている。と、前回に指摘した笑いのツボにもう一つ付け加えたくなった。それは「逆転」である。弱いものが強く、逆に強いものが弱くなる主客逆転が笑いを誘う。「らくだ」で、恐い兄貴分に指図されていた屑屋が、お酒を飲むうちに、兄貴分に対して大口を叩くようになる。「初天神」では、ものを買ってくれと駄々をこねる息子に手を焼く父親が、息子に買ってやったタコ揚げに本人が子どものように夢中になってしまって、息子に呆れ果てられる。立場の入れ換わりがここにある。また、現実だと思っていたことが夢であったり(いわゆる夢落ち、たとえば「夢金」)、夢だったと思っていたら現実であったり(「芝浜」)、これもまた同種のものであろう。
 さて、落語は、道徳、倫理もまた伝えてきたと述べた。 合わせて、教育、伝承の役割も果たしてきたのではないだろうか。ご隠居に熊さんが、問いかけて、ご隠居が応える。それに対して、熊さんはまた頓珍漢な解釈をして応える。これがおもしろいわけだが、こうしたやり取りを通して、弥生は3月であることなど、言葉の意味を教授することになっているわけである。こうした語句に加えて、英雄譚、、合戦、和歌、川柳など、日本史や詩歌が落語の話の中にちりばめられることで、知らず知らずのうちにそれらが身についていくのかもしれない。落語初心者の勝手な解釈であり、落語家はそんなことはない、と否定されるかもしれない。が、意図しない効果というものはあるだろう。
 先日、本屋の漫画コーナーに、荒川弘の「百姓貴族(4)」を探しに行ったときに、「落語心中」という漫画を目にした。こんな漫画があるのだ、と第1巻を買う。最初にでてくる落語が「死神」。第2巻以降も買ってしまうかも、、、
 

2016年2月26日金曜日

ショッピング・ステーション

 「EUでは、、、」という言い方と、「ヨーロッパでは、、、」という言い方と、適当に使ったりしているが、むろん厳密には区別しなくてはいけないであろう。今回、久しぶりに訪れたスイスはヨーロッパに位置するが、EUには加盟していない。とはいえ、他のEU加盟のヨーロッパ諸国にみられると同様の都市や農村の変容があり、都市計画や地域計画において同様の方向性を有しているように思えた。(逆にEUに加盟していないスイスならでは、という特色にどんなものがあるだろう?)


  今回、スイスでは、チューリッヒ空港駅からベルン駅に降り立ち、ベルン駅からインスブルック駅に行く途中で、チューリッヒ駅で乗り換えをした。ベルン駅もチューリッヒ駅もとてもきれいに改修されており、同時に、駅構内に、それぞれ地下部分(ベルンでは駅ビルの2階、3階にも)に、多くの店舗が設けられていた。このように駅に多くの店舗が、まるでショッピング・センターのように配置されるのは、ドイツやオーストリアなど他のヨーロッパ諸国でもみられることである。


ベルン駅地下。中央は、中世都市の遺構。

遺構を活かしたカフェテリア。
チューリッヒ駅コンコース。この地下が下の写真。

チューリッヒ駅の地下。まるで地下商店街のよう。

 1992年に初めて旧東独のライプチッヒを訪れた時に、中欧最大とうたわれたライプチッヒ中央駅は、薄汚れていて改修工事の真っ最中であった。ところが、その後、再訪した際には、見違えるように駅はきれいになり、加えて、駅舎の地下2階、3階部分が、多くの店が並ぶモールになっていた。同じように、駅を改修して店舗をおくことは、その後、ドイツのあちこちの駅でみられたことである。

 日本でも、たとえばJR東日本がecuteと称して、駅ナカの商店街をつくろうとしているが、同じようなことが日本に先行してヨーロッパでもなされてきたといえる。 背景にあるのは、ひとつには店舗の営業日の規制である。近年、ずいぶんと規制が緩和されてきたとはいえ、日曜祝日の営業は、多くの国で規制されており、できたとしても年間何日とか定められている。ただし、例外があって、駅や空港、あるいはガソリンスタンドは、日曜祝日でも営業が認められてきた。旅行者、移動する人々の便宜を図るためである。したがって、お店があったとしても、サンドイッチや飲み物を売る店があったり、スーパーがあったとしても、規模も小さく品揃えも少なく、必要最小限の需要を満たすだけのものであった。ところが、上述のような駅の改修によって、街の商店街に並ぶのと同じようなお店が立地するようになってきたのである。スーパーにしても、本格的な品揃えの床面積の大きなものがみられるようになった。日曜日、街の商店街のお店はどれも閉まっている、しかし、駅の中のお店は開いている、しかも、街の中の店と変わらない、となれば、駅にお客さんはやってくることになる。駅におけるこのような商業機能の集積は、店舗の営業規制の網をくぐり抜けるように進行してきたともいえよう。


インスブルック駅の地下。右手に本格的なスーパー。週末はレジに列ができる。奥は駐車場。ここでも鉄道と自動車の接続が図られている。

  駅は今や、その町において主要な商業集積地のひとつとなりつつある。そして、交通のノード、結節点として駅の機能強化が図られているともいえる。「ショッピング・ステーション」という表題はミスではない。駅がショッピング・センターやモールのようになっている状況は、まさに、「ショッピング・ステーション」と称してよいのではないか。こうした駅への商業集積によって、消費行動が変化し、加えて、町の商業の分布なども変化するかもしれない。加えて、駅への機能の集中は商業にとどまらず、業務機能においても見られることである。これについてはまた今度。

 
最近、改修が終わったウィーン西駅。外見は昔とそんなに変わらない。向こうはオフィスビル(一部、商店)。



ウィーン西駅構内。きれいになったものだ。


地下2層がショッピング街となっている。



  
 



2016年2月21日日曜日

ヨーロッパを安く移動する(2)

 さて、前回は鉄道やバスによる長距離移動において安く移動する方法について述べた。一方、ヨーロッパにおいて各都市において、バスやトラム、地下鉄などを1枚のチケットで、また一日券や3日券で格安に乗車できるシステムがあることはよく知られている。ドイツではVerkehrsverbund運輸連合という組織のもとで、こうしたシステムが運営されている。この運輸連合のあり方の詳細については、土方まりこ 2010. ドイツの地域交通における運輸連合の展開とその意義. 運輸と経済 70(8):85-95.(http://www.itej.or.jp/assets/www/html/archive/jijyou/201008_00.pdf)において紹介されており、この文献の95ページにドイツにおける運輸連合の分布図が、ドイツ鉄道アトラスに基づいて示されている。ここであまり注目されていないようであるが、興味深いと思えるのは、個々の運輸連合の領域が拡大しているのではないかということである。分布図をみると大都市ほどその運輸連合の管轄域が広い。都市圏の拡大に伴って実際に運輸連合は拡大してきたのか、変化プロセスを追ってみてもおもしろいかもしれない。

 一回券にせよ一日券にせよ、ある都市圏における交通においてはゾーン制がとられており、街の中心、旧市街あたりだけであれば安く、都心から離れたところへ行こうとするほど当然であるが高くなる。とはいえ、前述のように、運輸連合の範囲が広くなっているので、うまくチケットを使えば思いの外安く、遠くへ小旅行が可能となる。たとえば、ドイツの大学都市ハイデルベルクを含むライン・ネッカー運輸連合を例にとってみよう。ここに3、4日滞在するとしてライン・ネッカー圏全体の交通(路面電車やバス、国鉄など全て、特急を除く)を利用できる3日券を42.3ユーロで買う。これでハイデルベルク市内全域を自由に乗り降りができるし、マンハイムに足を伸ばして、トルコ人街でトルコ料理を味わい、さらにドイツ・ワイン街道まで、郊外電車か、とことこ走る路面電車ででかけてワインを楽しむこともできる。

 もっと広い範囲をカバーする運輸連合が、チロル州運輸連合であり、チロル州全体を管轄する。1週間のチケット54.6ユーロで、チロル中の鉄道、バス、トラムなどが利用可能である。チロルはけっこう山の中までバス網が設けられているので、使い出がある。インスブルックに滞在しつつ、西は、フォアルベルクの手前のスキーリゾート、サンクトアントンまででかけたり(夏もゴンドラが運行していてアルプスの雄大な風景が堪能できる)、東はチロル有数の高級リゾート、キッツビュールの町歩きを楽しんだりすることができる。チラータルの軽便鉄道に乗ったり、イン河谷の崖を登っていくインスブルックからゼーフェルトに至る眺望のよいルートをいくこともできる。また、オーストリアでは、特急料金というものがないので、チロル内であれば、RailJetと称するオーストリア国鉄の特急や、チロルを通過する国際特急ECなども利用できる(日帰りであれば身軽なので、ゆったり食堂車でビールを飲みながらチロルの風景を堪能できる)。

 かように都市内という近距離のみならず、中長距離においても、うまくチケットを使うことで、安く移動が可能である。このことは、旅行者のみならず、そこに住む人々にとっても同様であり、安価にモバイル(移動)できる環境があるわけである。



 

2016年2月19日金曜日

ヨーロッパを安く移動する(1)



 ヨーロッパを歩いて目につく言葉の一つがモバイルmobilである。ある場所から様々な場所へ容易にモバイル、すなわち移動できるシステムをつくることが都市計画、地域計画において目指されている。先に紹介したcombined transportもまさにモバイルのためである。
 短時間で到達できることや、移動手段の運行の間隔が短く本数が多いこと、また、運行が朝早くから深夜にわたり長いことなど、移動の確保にとって重要であろう。加えて、安価に移動できることもまたポイントである。

 今回、チューリッヒ空港に降り立ち、空港駅の窓口にて、ベルン行きの切符を買った。休暇(カーニバル)で混んでるから1等車にしたら、と駅員は勧めたが、むろん2等でよいと応える。それでも、ベルンまでの1時間余りの乗車が55スイスフラン!けっこうな値段である。飛行機は遅延の可能性も高いため予めチケットを買うのにはリスクがあるので、到着後に購入した。が、その後の、ベルンからチューリッヒを経てのインスブルック、インスブルックからミュンヘンの列車の切符は予めネットで購入しておいた。オーストリア国鉄のホームページで前者は45ユーロ、後者は12ユーロであった。しかも双方とも1等車である。ヨーロッパの多くの国の鉄道は、かようにネット上で列車を検索し、かつ席の予約、購入ができ、そしてチケットの印刷ができるようになっている。日本で印刷したチケットをもっていって、車内検札の時にみせればよいだけである。しかも繁忙期と閑散期で、そして一日のうちでも時間によって、同じ区間の値段が列車によってずいぶんと異なり、安いチケットはべらぼうに安い!航空券などと同様に、需要に応じてフレキシブルに値段を設定しているのであろう。日本では基本的に価格は年中一定、そして、ネットで予約はできるもの発券は駅でしなくてはならない。なんとかならないものであろうか。

 一等はぜいたく、と自分も思うが、二等と値段はたいしてかわらない。一等にするメリットは、まず、すいている。二等もよほどのことがないかぎり座れないことはないが、席を探すのに苦労することはある。合わせて、盗難などにあうリスクがとても小さくなる。二等であれば、一人で乗っている時など、荷物を置いてトイレにいくのも不安になることがあるが、一等であれば、まだ安心である(それを狙う輩がいるかもしれないが)。もうひとつ、一等に乗るのであれば、駅に設置されているラウンジを利用できる。スイスでは、チューリッヒとジュネーブにしかないが、オーストリアやドイツでは主要駅に設けられていて、コーヒーなどを飲みながらゆったりと列車を待つことができる。基本、駅はいかがわしく犯罪も多い、という印象をもっている(昔とちがってずいぶんとこぎれいになったが)。ラウンジにいることで、リスクも低減できるわけである。

 インスブルックからミュンヘンの12ユーロはとても安く、格安のバス並みである。昨年、インスブルックからミュンヘン空港までバスで移動したが同じような値段(8ユーロ)であった。実は今日、ヨーロッパにおける都市間、地域間輸送において、こうしたバス輸送が大きな役割を担っている。それは、国内の移動のみならず国際的な移動においても同様である。バスにおいても鉄道と同じように、需要に合わせてフレキシブルに料金設定がなされている。バスも鉄道と同様、ネットで時間を検索し、即、予約が可能であり、やはり、需要に応じて価格が変わる。昨年、利用したのは、MFB MeinFernbusという民間バス会社のバスであった。このMFB MeinFernbusは、2011年に設立されたベルリンに本社をもつ会社である。ドイツ国内のみならず国外の諸都市とのバス路線を開設し,ドイツの長距離バス市場における最大の会社にまでなった。2015年、この会社は、Flixbusという他のバス会社とバス路線網を統合する。2014年、前者は720万人、後者は350万人の乗客を運び、両者合わせてドイツの長距離バス市場の約半分を占めるという(WikiとそれぞれのHP)。

 こうした民間バス会社が勃興し、長距離バス市場が伸びてきた背景に、ドイツにおいて2013年に行われた長距離バス市場の自由化がある。2013年には86路線だったのが、翌2014年には221路線に増え、バス利用者も急増したという(Die Welt 2014.2.26.http://www.welt.de/wirtschaft/article125217462/Deutsche-koennen-aus-gut-200-Fernbus-Routen-waehlen.html)。たとえば、今、MeinFernbus/Flixbusのサイトで検索してみると、ベルリンからミュンヘンまで約7時間、22ユーロであった。そして何と2月19日一日で片道18本が運行されている。ミュンヘンからプラハは、最安値が19ユーロ、最高値が40ユーロで、同日8本がある。こうしたバス路線の拡充に合わせて、バス・ステーションの整備も行われている。以下の写真は、ミュンヘン中央駅近くのミュンヘンバス中央ステーションである。ミュンヘン中央駅は、折り返しのいわゆる頭端式ホームを持つ駅で、線路は駅の西に続く。この駅から西に伸びる線路の北側が再開発によりオフィスビルが建ち並ぶようになったが、この一角にこのバス・ステーションはある。新たに隣接してSバーンの駅も設けられ、ここでも異なる輸送手段間の接続combined transportが図られていることがわかる。

 日本も同様の自由化を行ったわけだが、このことは、鉄道にとって脅威であり、道路から鉄道へのいわゆるモーダルシフトを進める立場からは逆の動きともとれる。ただし、これまで鉄道での移動が困難な地域や都市において、新たなバス路線が開設されることで、移動の利便性が向上したという評価もされている。

ミュンヘン中央バス・ステーション。列車の中から撮影。右手が中央駅。
バス・ステーションの構内。インスブルックからミュンヘン空港駅行きのバスが経由する。上階はショッピング・モール。